その146 「日本国憲法」について

 1970年(昭和45年)11月、三島由紀夫が〝憲法改正〟を訴え、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で自衛隊員に決起を呼びかけた後に割腹自殺した「三島事件」があったとき、わたしは兵庫県警察学校初任科に入校中でした。
 24歳の時です。
 その授業科目に「憲法」があり、「国民主権」「徹底した平和主義」「基本的人権の尊重」を基調に掲げた日本国憲法の一文一文が納得のいくものでありました。
 そして憲法賛美が高じて「前文」を諳んじました。
 〝改正〟どころの話ではありません。

 その憲法前文の出だし、
≪日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民と協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する≫

 この憲法はアメリカから押し付けられたものと言われています。
が、当時の国民としては、戦争末期となって1945年(昭和20年)の3月に東京大空襲(死者10万人)はじめ全国の主要都市は空襲を受けました。また同月、硫黄島玉砕(2万人)。4月、沖縄戦(24万人)。続々と飛び込む南方戦線から戦死の報。そして8月、広島(14万人)・長崎(7万人)への原爆投下。ついには310万人余の戦没者を出した末の終戦でした。

[玉音放送の翌日、皇居前広場に集まる人々(撮影:石川光陽)]

その146 「日本国憲法」について

(東京都中央区のホームページより)

 みんな散々な目に遭って、「もう戦争はこりごり」と厭戦の気持ちを強く抱いていたゆえでしょうか、「明治憲法」(大日本帝国憲法)から「日本国憲法」への改正案は、枢密院・衆議院・貴族院いずれも本会議において圧倒的多数で可決されました。
 また、国民も新しい憲法を諸手を拡げて受け入れたのです。
 もともと英文で作られたもので、それを日本語に翻訳したものが日本国憲法であります。

 青雲の志をもった初任警察官のわたしは憲法前文の韻律に酔い、これがそのま〝世界の憲法〟になったら「世界平和」が訪れる、との理想を思い描いていました。
 憲法前文中段の、

≪日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。≫

 まさに「世界平和」そのものであります。
 ところが制定されて数十年過ぎた今、ロシア、中国、北朝鮮などの動向を前にして、かれらのことを〝平和を愛する諸国民〟と言えるでしょうか。
 また、かれらの〝公正と信義〟を信頼できましょうか。
 現代の感覚で言えば、明らかに時代にそぐわなくなっています。

続いて、
≪われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。≫

 とありますが、いま、そのような国際社会にあるとはとても思えません。
 本年5月3日、日本国憲法の施行から77年となる「憲法記念日」を迎えました。
 NHKの世論調査で今の憲法を改正する必要があると思うかどうか聞いたところ、 「改正する必要があると思う」36%
 「改正する必要はないと思う」19%
 「どちらともいえない」41%
という結果でありました。

 これは憲法改正論議のコアな部分ではありませんが、日本国憲法の条文に明らかな間違いが2つあります。

 その1つは前文中段に
[平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して]
とありますが、これを作家で元東京都知事の故石原慎太郎氏は「信義に信頼して」は文法的に間違っている。それを言うなら「信義を信頼して」だ、と指摘していました。
 
 2つ目は第7条、天皇の国事行為の4号に
[国会議員の総選挙の施行を公示すること]
と記されています。
 「総選挙」とは、一度にすべての議員を選挙することを意味します。「国会議員」は、衆議院議員と参議院議員からなりますが、参議院議員の「総選挙」はあり得ません。
 これも間違いです。

 では、なぜありもしない「国会議員の総選挙」という規定が設けられたのでしょうか。実は1946年(昭和21年)2月13日にGHQから日本側へ示されたマッカーサー草案は1院制だったのです。
 これに対し、日本側は2院制を強く要求し、GHQはこれを了承しました。その時、この7条4号の矛盾には、誰も気づかなかったとのことです。
 なんとお粗末なことでしょう。
 いまや、あの警察学校時代に、星雲の志でもって培われた、わたしの憲法観は、だいぶ色あせたものになってしまっています。
 8月7日、岸田文雄首相(自民党総裁)は党憲法改正実現本部の会合で、憲法への自衛隊明記と緊急事態条項創設を問う考えを示しました。来年11月の自民党結党70年に言及し「大きな節目に向けて党是である憲法改正の議論を進めるよう願う」と語りました。
 いよいよ、ですか― 今後の推移を注意深く見守っていきたいと思います。
つづく

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